トリッキーな三線奏法
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先日、少し前の記事に青葉城恋唄を引用させていただきましたが、タイムリー(?)にも急遽仙台に出張することになりました。
杜の都仙台の地を踏むのは初めてだったので、時間が許せば広瀬川や青葉城(仙台城)跡などを見たかったのですが、仕事の都合でそれは叶いませんでした。
広瀬川については車窓から見られたのでよしとしませう
仙台に着いて先ず驚いたのは想像以上に大都会だったということ。さすが政令指定都市です
そして次に驚かされたのは、立ち寄った『沖縄館』という沖縄居酒屋に知り合いが描いたイラストがあったということ
『沖縄館』のマスター(加屋本正一さん)は、波照間出身のウチナーンチュの方で、ライブ活動をされたり三線教室なども開いているそうです。
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♪広瀬川流れる岸辺
思い出はかえらず♪
なんて歌が昔流行ったケド、水辺が近いというのはそれだけで心が和むものである
久茂地川(58(ゴッパチ)側)に一軒気になっていたお店があった。
屋台のようでありながらきちんとした店舗もあるようなチョット不思議なお店
暖かい時期なら屋台もありだろうけど、2月下旬とはいえさすがにまだ寒い。
店内に入って飲むつもりでむかったのだが、入り口がまったくわからず困りました。お店が久茂地川沿いに面しているのでてっきり川沿いに入り口もあるものと思い込んでたんです。
なんのことはない。このブロックは川沿いの道の反対側も通りに面しており、入り口はそちらにありました。
入り口の雰囲気は屋台側のそれとはずいぶん違っており、高級感漂う敷居の高そうな感じ。一瞬臆してしまったが「えーいままよ!」と突入。
気張ったわりには店に入ってみると以外にも普通で拍子抜けしてしまった。「高級っぽいのは入り口だけやんか!」大袈裟と言われそうだけど何だか騙された気分・・・
メゲタ気を取り直し、掘りごたつ風のカウンター席に腰を落ち着けていざ注文。
串盛り(5本),ゴーヤちゃんぷる,ヒカリモノ系の刺身をアテに島酒をちびちちやるうちに気持ちもすっかり落ち着き、冷静に店内を観察できるようになった。
客層は20台前半の観光客と思しき女性から、50台の地元サラリーマンまで幅ひろい。沖縄料理よりは串をウリにしているようで、個人的にはイチオシという店ではないが人気はそこそこの様子でした。
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沖縄最終日の夜はほぼ決まって久茂地界隈で飲んでいる。
飲み屋も多いし空港へのアクセスもいいからである。でも、マンネリでつまらない・・・
空港へのアクセスがいいという条件は外せないが、たまには別な場所で最後の晩餐を楽しみたいものだ。
というワケで、今回は小禄でヤルことにした。
小禄駅につく寸前モノレールから提灯らしきモノが見えたので、一先ずそこへむかってみることにした。
店に近づいてみると賑々しくオリオンビールの提灯がいくつも提げられていた。
気取らない居酒屋然とした店構えが気に入り、73と書かれた暖簾をくぐり入店。
「いらっしゃいませ、申し訳ないんですが今日で店じまいなので、今日は“2,000円飲み放題+おつまみ”しかないんですが、よろしいですか?」と店員
いいも悪いもない。願ったり叶ったりということもないが、オレにとっては今日が最後のオキナワ、その最後の夜に今日で最後の店で飲む。
面白いめぐり合わせではないか、そうそうある展開じゃない。
「いいよ」と返事をするかわりに、常盤(泡盛)を注文した。
“2,000円飲み放題+おつまみ”というシステムがいまひとつ解らずにいたのだが、やがて注文もしていない餃子がでてきたので理解できた。
何品でてくるかわからないが、頃合をみながらおまかせで色々だしてくれるワケだ。
要は残飯整理なのだろうが、客にしてみれば面倒なつまみを選ぶ手間もなくひたすら飲みに徹することが出来る。しかも飲み放題で、2,000円なら悪い話じゃない。
ひとつ白状するとオレは、つまみを眺めどう食べようか想像しながら飲むのが好きである。
例えば餃子なら
(一つ目はひと口でパクっと、二つ目は箸で切り刻んで、三つ目は皮をひん剥いて、そして四つ目は・・・・ヒヒヒヒヒヒ)
という具合に
餃子を眺め回しながらニヤニヤしていたら、ドンッ!と二品目がでてきた。
(そろそろ箸くらい握らないと怪しい輩だとおもわれて通報されちゃうかもしれないな)
と箸に目をやると、どこかで見たような箸袋。
なんと昨夜行った“あしびうなぁ”と同じりょう次ファミリーの店で『ナナサンマル』という店だと判明した
明日で店じまいという店の名前について聞くのもどうかと思ったが、そこは観光客の強み(?)である。聞いてみた。
沖縄県ではかつて右側通行だった。それが1978年7月30日に本土と同じ左側通行になったそうである。
そう、ナナサンマルはその7月30日が所以だとのこと
気がつくといつの間にか隣にはおばさんが座っていた。話しているうちに近所に住む常連客であることがわかった
このおばさん、飲み歩くのが趣味というような人で、那覇の居酒屋事情に非常に詳しく興味深い話を色々聞かせていただいた
記事にしたいネタもいっぱいあるんだけど・・・・
こういう酒好きの女性が足しげく通うお店がなくなってしまうというのは悲しい
何はともあれ『八合一升』には是非行ってみたい(う~ん話にまとまりがないなぁ、他人が見たんじゃ意味がわからん)
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琉球王朝時代、三司官というエライお役人さんが住まわれた屋敷跡の一つである美里御殿(みさとうどぅん)。
第二次世界大戦で屋敷の大部分は消失してしまったものの、庭園の一角が難を逃れたとのこと。
この残された風情ある庭園を眺めながら、琉球料理を楽しめるのが『あしびうなぁ』です。
個人的にはチェーン店は好まないのですが、りょう次ファミリーは例外です。
グループのどのお店に行っても、お店のコンセプトがしっかりしていて雰囲気づくりが上手。スタッフは元気がいいし、お料理も美味しい!
『あしびうなぁ』さんのスタッフも「お寒くないですかひざ掛けをお持ちしましょうか?」などとお客さんの様子に注意をはらっていて関心しました。
また、この女性スタッフが器量よしなんだ◎(ムフ)
こちらのお店は相当人気があるようなので予約した方が無難でしょう。最初に行ったとき、一人なら入れてくれるだろうと飛び込みで行ったら満席で×でした。
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山之口貘。1903年生まれの沖縄の詩人である。
19歳で初めて上京、翌年の関東大震災で一度帰郷するも22歳で再び上京し、生涯を終える59歳まで東京で過ごした彼は、沖縄に対する郷愁と望郷の念で詩を書き続けたそうだ。
彼の名を知ったのは2003年春に下北沢の駅前劇場で公演された、藤木勇人の舞台“南島妄想見聞録”で、この舞台で彼の作品の『座布団』が引用されていたのだ。
土の上には床がある
床の上には畳がある
畳の上にあるのが座布団でその上にあるのが楽という.....
舞台で使われていた音源は古いものにありがちな「ブチッ」という雑音がところどころに混ざったものだったが、たぶん本人の肉声だと思う。
その詩が流れはじめたとたんそれまで藤木勇人が話していた内容が頭から全部吹っ飛んでしまった。
詩の内容を理解したわけではないが、詩に籠めらた気持ちなのであろう、強く心を打たれたのを今もはっきり記憶している。
その後、彼の書いた作品を求めて読んだことはないが、今回首里を歩いていたら彼の詩を目にした。
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ここ数年沖縄に行く理由のウェイトを大きく占めているのが民謡ライブでありまする
特にコザに来て民謡ライブに行かないなんてオイラにはありえませぬ
今回候補にあったお店は『民謡スナック 志情』と『島唄スナック 花ぬ島』
コザには一晩しか宿をとっていなかったので、場合によっては「2軒とも行っちゃおうかな」くらいの勢いはあったのだ
でも生で民謡聞いていると時間わすれちゃうんだよねもちろんステージはぶっ続けってわけじゃないけど、オイラみたいに一人のお客さんにはお店の人も気をつかってくれて、ステージの合間には席まできてくれてお話してくれたりするんですよ。
そのゆんたくがまた楽しい!ふと時計をみたら、2時半を回っていたのであわてぃはーてぃお暇してきやした。
さすがにこれ以上夜更かしすると、寝過ごししてチェックアウトの時間オーバーしかねんからね
神谷センセイ、その節はお相手していただきありがとうございました。
因みにコチラ↑が『民謡スナック 志情』
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サンサン通り(R330)を胡屋十字路から園田方面に進み、左手に京都観光ホテルやホテルニューセンチュリーがある辺りを右折、中の町なかどおり方面に少しいったところに目指すお店『ゆくい酒家 しー小』がありました。
時計の針は19時をまわっていて、もう営業してもよさそうな時間なのに何故か店内は真っ暗で暖簾も出ていません、ひょっとしてお休み???
でも、厨房と思しきあたりから明かりはもれているし・・・
せっかく来たんだし、よーしちょっと聞いてみよう
「すみませ~ん、今日はお休みですか?」
すると奥からチャーミングな女性が出てきて、今夜は団体の予約が入っていること、お店はその女性一人でやっていて、団体が入ってしまうと手が回らないので貸切にするつもりだったと明かされた。
一瞬諦めて他の店にしようかと思ったんだけど、ダメもとで一先ず交渉を試みた。
「団体さんが来るまででいいんですが・・・」
交渉はあっさり成立、結果予約の団体さんが来るまでは一人で貸切状態でした。
しかし、お座敷&カウンターを合わせて都合20人は座れそうなお店なのに、ママさん一人で切り盛りしてるなんてスゴイ!
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今じゃどっぷり沖縄民謡にハマっているオイラも、レキオン発症当初から興味があったわけではありません。
今にして思えば最初にネーネーズが唄う島唄を聴いて興味をもてたのがよかったのでしょう。彼女達が唄う島唄はポップにアレンジされていたので、ミーハーなオイラの耳にもすんなり入ってきたのです。
(因みに、ここでいうネーネーズは初代ネーネーズのことです)
その頃は、ネーネーズのこともよく知らず、ましてや沖縄民謡についての知識も全くありませんでした。彼女たちの曲にはオリジナル曲もあるけど、沖縄民謡も多いんですよね。
ある日、沖縄居酒屋で流れるBGMを耳にしたとき「アレ!?この曲たしかネーネーズの・・・コレってネーネーズのカバー!?」って(笑)
最初から本格的な沖縄民謡を聴いても耳も育ってないから、そのよさもきっと理解できなかったのではないかと思います。
ネーネーズが解散してはや7年になりますが、沖縄民謡にすっかり魅せられてしまった今でも、沖縄民謡に耳を馴染ませてくれたネーネーズは大好きで、機会があればソロ(?)で活躍する彼女達の唄を聴きたいと思っていました。
実は今回名護に宿をとったのも、元ネーネーズのメンバーである吉田康子(旧姓:宮里)さんがステージに立つ『名護ヌ前』(ナグヌメー)に行きたかったからなのです。
この『名護ヌ前』は、定絃会師範で康子さんの旦那さんでもある吉田安男さんが経営してらっしゃるお店で、康子さんは金・土曜日にゲスト出演(?)しているのです。
大国林道で腹を満たし、お店に入ったのは第1部のステージがちょうど始まったばかりの20時35分頃でした。
ステージ中央に、憧れの康子さんが唄三線、その右隣で娘のいずみさんが太鼓、ステージ左には、唄三線として若い(27~28歳)男性の唄者が2人という4人構成。
憧れの康子さんの唄を生で聴けるだけで大満足だったので、最初はリクエストを聞かれても遠慮していたのですが、曲が終わる度に娘のいずみさんが「何かリクエストはありませんか」と聞いて下さるので、調子にのっていっぱいリクエストしちゃいました。
あんまり居心地がいいもんだから、結局第4部のステージまで楽しませてもらいました。
この日、安男マスターはたぶん接客に徹するつもりだったのでしょう。終始カウンターの中と厨房を行ったり来たりしていました。
時折ステージに合わせてカウンターの奥で三線を弾くこともありましたが、ステージ衣装も着てなかったので、ステージにあがることはないなと諦めていたのですが、“北谷舞方”をリクエストしたら「その唄はオレがやろう」とステージに上がってくださいました。
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